2006.01.14.Sat / 00:18
愛に関する大きな誤解は、愛を獲得したり、交換したり、消えたり、失ったり、奪ったりする「もの」−「名詞」として扱っていることにあります。さらに言えば、「気分」だと思ってしまっていることであります。
愛が気分だと思っているかぎり、確かにそれは時間の問題で、いずれ消え去るものでしょう。相手の反応ひとつで、失ったり、奪われたりするものでしょう。
依存的、つまり、人生が自分に何を与えてくれるのかを待ち、人生が自分に与えるかもしれない害から自分を守ることに精一杯の人にとっては、確かに、愛は相手のまかせの「気分」です。
けれども、自立している人、つまり、自分で自分の人生を選択していこうとする人にとっては、愛は「動詞」です。そこでの「愛」とは、自分から働きかけるものであり、かえりみることなく与え続けることです。
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愛が気分だと思っているかぎり、確かにそれは時間の問題で、いずれ消え去るものでしょう。相手の反応ひとつで、失ったり、奪われたりするものでしょう。
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